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おわら風の盆

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:チューリップテレビ TUT
放送
:2009年9月27日(日)14:00~14:54

ダイドードリンコスペシャル

「夢幻を生きる~おわら風の盆に恋して~」

おわら風の盆

坂と水音の町「越中八尾」では毎年9月1日からの3日3晩、町民が唄い踊る「おわら風の盆」が行われます。風情ある町並みを背景にゆるやかなテンポにのせて流れるような女性の舞い、越中八尾は夢幻の世界に包まれます。この番組ではおわら風の盆に恋した二人の男性の想いに迫ります。一人目は、昭和のはじめに廃れかけていたおわらを復興し、現代おわらの基礎を築いた医師 川崎順二。そしてもう一人は、直木賞作家の高橋治。男女の非恋を描いた「風の盆恋歌」はおわらを全国的に広めただけではなく、その素晴らしさを八尾町民にも再認識させました。この二人とゆかりの人物も合わせて紹介し、おわら風の盆のさらなる魅力に迫ります。

祭り紹介

  • 祭り写真館

おわら風の盆

趣きのある家並みが続く坂の町・八尾。通りに響く哀愁を帯びた越中おわら節の調べにのって踊り手たちが優雅に舞い踊る「おわら風の盆」は、八尾の町の人々によって大切に守り育まれてきた祭りです。富山県民謡おわら保存会総務企画部長の古川克己(かつみ)さんに、「おわら風の盆」の見どころをお聞きしました。

開催日
9月1日~9月3日 ※毎年同日
場所・アクセス
富山県富山市八尾町
・富山駅からJR高山本線で25分
・富山空港から車で20分
お問い合わせ
越中八尾観光協会
076-454-5138

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

おわら保存会総務企画部長 古川克己さん 3日3晩、11の町が踊りで競演

シシゾウ:おわら風の盆は、どういう祭りですか?

古川:おわら風の盆はその昔、八尾の各町で7月頃に踊られていた盆踊りをひとつにまとめ、9月に五穀豊穣を願って踊られるようになったのが始まりで、約300年の伝統があります。 おわら風の盆には、旧八尾町の中心部にある11の町が参加し、それぞれの町ごとに揃いの法被と浴衣をつけた踊り手たちが、唄い手、囃子方、楽器担当の地方(じかた)が演奏する越中おわら節にのって、踊りを披露します。

踊りは3種類、踊り方も3通り 古川:おわら風の盆の踊りには、豊年踊り、男踊り、女踊りの3種類があります。大正時代に作られた豊年踊りはどちらかというと素朴な踊りで振付も比較的簡単です。小学生まではこの豊年踊りを踊ります。中学生になると男子は男踊り、女子は女踊りを踊ります。男踊り、女踊りは昭和4年に日本画家の小杉放庵先生がおわらのために書いてくださった「四季の歌」の歌詞に日本舞踊の若柳流家元初代吉三郎先生が振り付けしてくださったもので、豊年踊りに対して新踊りと呼ぶこともあります。女踊りは四季踊りとも呼ばれ、夏に蛍を追う仕草など春夏秋冬の様子が描かれます。一方、男踊りはかかし踊りとも呼ばれ、鍬打ちや稲穂が実って垂れ下がる様子など農作業や田んぼの情景が踊りの所作で表されます。男踊りが勇壮なのに対して、女踊りは髪を梳く仕草が入っていたりと、しなやかで優雅です。
おわらの踊りは、町の通りを列になって踊り歩く町流しや輪になって踊る輪踊りで踊られます。そのほかに演舞場の特設ステージで踊る舞台踊りもあります。これら町の公式行事で踊る踊り手は25歳になるか結婚するかすれば引退するのが慣例になっています。

シシゾウ:踊り手が25歳で引退するのは、なぜですか?

古川:昔は子供の数が多く、どこかで線引きをしないと踊り手が多くなりすぎて町で用意する揃いの衣装が足りなくなるというので、一定の年齢に達すると公式行事の踊り手を引退するという暗黙のルールができました。どこの町でも踊り手の最年長者は引退前の1年間は後輩を指導する役目を担います。引退したOBがお目付け役で見ていますし、手を抜くことはできません。教えられる側もいずれは自分たちが下の者に教えないといけないのがわかっているので真剣に覚えます。このようにして異なる世代が交流しながら、それぞれの町で自分たちのおわらを継承してきたのです。  踊り手を引退しても、おわらから完全に離れてしまうわけではなく、好きな人は地方(じかた)や唄い手になる道があります。私は20歳から地方の三味線を始めて40年以上になりますが、いまだに弾いています。若い人の中には「結婚したら踊れなくなるから」と言って結婚を先延ばしにして踊っている人もいますね(笑)。

シシゾウ:11の町で踊りに違いはあるのですか?

古川:踊りの所作はどこの町も基本的に同じなのですが、足の運びや腰の落とし方など、ちょっとしたところにその町の個性が表れます。例えば、私が所属する鏡町はその昔、遊郭があった花街で大勢の芸妓さんがおられ歌舞音曲が盛んだった名残りから、どこか艶があり華やかな踊りが継承されています。

シシゾウ:一般の人でも踊りに参加することはできるのですか?

古川:例年、1日と2日の夜10時から12時にかけては、ほとんどの町で誰でも自由に参加できる輪踊りが行われます。踊るのは豊年踊りです。10分もあれば振りはマスターできますし、洋服でも参加できますので毎年、観光客の方も大勢参加されています。場所的にゆとりのある上新町や福島駅前通りで行われる輪踊りは全長300mくらいの大きな輪になります。
おわらは踊り、唄、楽器演奏の総合芸術 古川:おわらは踊り、唄、楽器の3つが一体となった伝統芸能です。おわらの唄は甲高い声で歌い出すのがひとつの特徴で、キーが非常に高い為、10人習っても唄い手としてやっていけるのは1~2人です。七五調の歌詞も「おわら」の聴きどころのひとつで、男踊りや女踊りの歌詞は決まっていますが、豊年踊りは歌詞が無数にあってベテランの唄い手になると歌詞を自作されたりもします。唄い手が唄うきっかけを作るのが囃子方です。囃子の入り方ひとつで、唄い手さんが唄いやすかったりそうでなかったりするので囃子方の役目は重要です。
楽器を担当する地方(じかた)は、太鼓、三味線、胡弓の3つのパートで構成されます。大体、各町に太鼓はひとつで、三味線5棹に対して胡弓が1挺という割合の人数構成になっています。演奏のきっかけを作るのは三味線です。三味線弾きの「ハッ!」というかけ声で演奏が始まります。三味線のリーダーは演奏のテンポも決めます。言うなればオーケストラの指揮者のようなものですね。

シシゾウ:一人前の弾き手になるにはどれくらいかかるのですか?

古川:私が三味線を習い始めた当時は、少なくとも3、4年経たないと師匠と一緒に外を回れませんでした。基本的におわらは静かなところで演奏しますので、少しでも間違ったりするとものすごく目立ちます。私が若い頃は厳しい師匠が大勢いらっしゃって、間違えようものなら「誰だっ」と言わんばかりに睨まれるので緊張して弾いたものです。

シシゾウ:古川さんがお考えになるおわらの魅力はどういうところでしょうか?

古川:おわらは歌舞伎や常磐津、浄瑠璃など日本の古典芸能の良いところをみな取り入れたものだと言われています。私が感じるおわらの魅力は、奥の深さです。私は40数年ずっと三味線をやっていますが、「なぜ、これほどまで難しいのだろう」といまだに思いますしね。踊りは比較的簡単だと思いますが、唄にしろ楽器にしろ踊りに合わせるとなるといろいろな決まりごとがあって非常に難しいです。だから、練習では演奏できても、本番になっていざ踊りと合わせようとすると全然合わないということも珍しくありません。でも難しいからこそおもしろいんです。私はおわらしか弾きませんが、それはおわら以外のものに興味が移らないからなんです。
町流しは追いかけずに待ちうける

シシゾウ:祭り期間中の1日のスケジュールはどのようになっていますか?

古川:町単位の踊りが行なわれるのは昼の2時頃から夜中の11時頃にかけてです。昼間は11の町が互いに表敬訪問し合う形で町流しをします。夜になると町流しや輪踊りのほかに舞台踊りも披露されます。夜も11時を回り、町単位で行われる公式行事が終わるといわゆる大人の時間の始まりです。純粋に自分たちが楽しむために、町の枠を超え、地方や唄い手が気の合った者同士で演奏したり、名人同士が手合わせをしたりします。この時間帯には引退した人たちも思い思いの衣装に身を包んで踊りに出てきます。好きな人は朝方まで町を流して回りますね。

シシゾウ:一番の見どころはどういうところですか?

古川:おわらは静寂の中で踊り、演奏するのが本来の姿です。そうなるとやはり夜中の町流しが見どころになると思います。おわらが全国的にあまり知られていなかった昭和40年代から50年代前半までは、夜から朝方にかけての町流しは実に雰囲気がありました。私が40数年間やってきた中で特に印象に残っているのは昭和45年のおわらです。私は師匠と一緒に夜中からずっと町を流していたのですが、明け方になって空がちょっと白んできたとき、背中から汗が出るくらい演奏にのれた瞬間がありました。あのときのことは今でも忘れられません。ちょうどこの年、作家の五木寛之さんが夜の町流しをご覧になり、このとき見た情景を『風の棺』という短編小説に書かれています。最近は観光客の方が増え、真夜中もにぎやかになったのでなかなか昔のような静かな雰囲気にならないのは少し残念です。地元の人間も知恵を絞って静かなところを探して演奏しようとするのですが、最近は携帯電話があるので観光客の方同士で連絡をとりあって、見つけたとなると一気に集まってこられます。ちょっとした追いかけっこですよ(笑)。

シシゾウ:例年、観光客でものすごい人出だということですが、見るときのアドバイスはありますか?

古川:「ここで見る!」と一度決めたらあまり動き回らないことです。人混みの中で町流しを追いかけても後追いになり、結局何も見られなかったということになりがちです。じっと待っていれば町流しはいつか必ずやってきます。今年はここの町のおわらを見ようということで見る場所を前もって決めておくのもいいでしょうね。
八尾の子はおわらを唄いながら生まれてくる!? 古川:おわらは八尾の人間の体に染みついています。お母さんのお腹にいるときからおわらを聞いているので、八尾の子は生まれてくるとき、おわらを唄いながら生まれてくると言われるくらい(笑)。2、3歳くらいのよちよち歩きの子供でも、おわらのメロディを聴くと身振り手振りで踊り出しますからね。小学校では全員でおわらを踊りますし、中学や高校にはおわらを踊る郷土芸能クラブがあります。大人も地方や唄い手は毎月練習会があって日々研鑚しています。八尾の人間にとっておわらはまさに暮らしの一部。私に関して言えば1年中おわら漬けですよ(笑)。
八尾では年中おわらを楽しめます いつでもお越しください
古川:おわら風の盆はいわゆる観光用のにぎやかな祭りではありません。とはいえ私たちおわらをやる人間にしてみれば1年を通じて精進してきた踊りや唄、演奏を見ていただくのは励みでもあり喜びでもあります。だからこそ来てくださった方々には、おわら本来の姿をじっくりご覧いただきたいですので、おわらをご覧になるときは静かに見守っていただき、フラッシュをたくなどの強引な写真撮影はくれぐれもお控えいただいて、おわらにふさわしい雰囲気作りにご協力いただければと思います。ありがたいことに近頃はおわらに対して理解のある方が増え、見物のマナーが年々向上してきているように感じます。
おわら期間中は何万人という方が八尾にお越しになって非常に混雑しますので、おわらをじっくり鑑賞したい方は、毎月第2・第4土曜に八尾曳山展示館『観光会館』ホールでおわらの実演をやっていますので、ぜひそちらもご覧いただければと思います。八尾は坂の町で、日本の道100選に選ばれている諏訪町本通りをはじめ日本の昔の面影を残す場所がたくさんありますので、町をのんびり散策しても楽しんでいただけると思います。
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