トップページ
 > 祭り紹介 > これまで応援した祭り > 2009年 松江城山稲荷神社式年神幸祭 ホーランエンヤ

これまで応援した祭り トップへもどる

松江城山稲荷神社式年神幸祭 ホーランエンヤ

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:山陰中央テレビジョン放送 TSK
放送
:2009年6月13日(土)16:00~16:55

ダイドードリンコスペシャル

誇りを受け継ぐ若者達 ~水都に響く ホーランエンヤ~

松江城山稲荷神社式年神幸祭 ホーランエンヤ

松江城山稲荷神社式年神幸祭「ホーランエンヤ」。 360年の歴史を誇る日本三大船神事のひとつで、12年に1度、船渡御による神幸祭として行われます。祭りの最大の見どころは、「櫂伝馬船(かいでんません)」と呼ばれる踊り船など、約100隻の船による絢爛豪華な船行列。 番組では、200年前からこの船行列のオオトリを務め続けている馬潟地区の若者達をクローズアップし、代々受け継がれている「ホーランエンヤ」に対する情熱と誇りを描きます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

松江城山稲荷神社式年神幸祭 ホーランエンヤ

水の都、松江で12年ごとに開催される「ホーランエンヤ」は、約360年の歴史を持つ、豪華絢爛な船行列です。約100隻の船が連なる船団の中でひときわ目を引く櫂伝馬船(かいでんません)で披露される櫂伝馬踊りは、松江市の無形民俗文化財になっています。ホーランエンヤ馬潟櫂伝馬保存会会長の廣江昭夫(ひろえてるお)さんにホーランエンヤの見どころをお聞きしました。

開催日
5月中旬の9日間 ※12年に一度
場所・アクセス
島根県松江市八束郡東出雲町
・JR山陰本線松江駅から徒歩10分、大橋川周辺
お問い合わせ
松江観光協会
0852-27-5843

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

ホーランエンヤ馬潟櫂伝馬保存会会長 廣江昭夫さん 12年に一度の水上の大祭典

シシゾウ:ホーランエンヤはどういう祭ですか。

廣江:ホーランエンヤというのは通称で、正式には松江城山稲荷神社式年神幸祭と言います。1638(寛永15)年、信州松本から松江に入府してきた松平直政公は1648(慶安元)年、天候不順による凶作を予想し、五穀豊穣を祈願して、城山稲荷神社の御神霊を阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)に勧請※し、船で渡御したのがこの祭りの始まりです。 渡御は神輿船に、櫂伝馬(かいでんま)船を中心とする約100隻の供舟がついて行われます。このとき、櫂伝馬船で踊られる櫂伝馬踊りは、ホーランエンヤ最大の見ものです。
※ 勧請…神社の祭神を、別の神社に招いて祭ること。

シシゾウ:ホーランエンヤは毎年開催されるものではないそうですね。

廣江:ホーランエンヤは式年祭で、開催されるのは12年に1度です。祭りが始まった頃は10年間隔で、12年ごとの開催になってからもきちんと行われなかった時期もあったようで正確な開催回数は分かっていないのですが、2009年は数えで34回目の開催になるのではないかと言われています。

「ホーラ」「エンヤ」の掛け合いが愛称に

シシゾウ:祭の通称になっているホーランエンヤにはどういう意味があるのですか。

廣江:ホーランエンヤは櫂伝馬船を漕ぐときの掛け声です。どうしてそういう掛け声になったのかということについてはいろいろな説があるのですが、松江藩の水夫が櫂を漕ぐときに調子を合わせるため、音頭取の「ホーラ」という掛け声に、櫂の漕ぎ手が「エンヤ」と声を合わせたのが、いつしかホーランエンヤになっていったのではないかと言われています。今はめでたい字を当てて「豊来栄弥」や「宝来遠弥」と書くこともあるようです。

シシゾウ:祭りの期間が9日間と長いのですが、どのようなスケジュールになっているのですか。

廣江:祭りは、松江城内にある城山稲荷神社の稲荷神を東出雲町の阿太加夜神社へ船でお送りする渡御祭に始まり、8日間阿太加夜神社で過ごされた稲荷神が渡御祭と逆のコースをたどって城山稲荷神社へお帰りになる還御祭で締めくくられます。渡御祭と還御祭の間には、阿太加夜神社の祭礼として中日祭(ちゅうにちさい)が行われます。このときには、櫂伝馬船の代わりに陸用の船が仕立てられ、路上を行列しながら櫂伝馬踊りが奉納されます。


船渡御の花形、櫂伝馬船

シンゾウ:船渡御に櫂伝馬船が随行するのはどうしてですか。

廣江:祭りが始まった当初、渡御は神輿船だけで行われていましたが、1808(文化5)年、渡御の最中に神輿船が馬潟沖で風雨に見舞われ、あわや遭難というときに、馬潟の漁師がお助けし、神輿船を曳航して阿太加夜神社までお送りしたことから、10年後の1818(文政元)年に、馬潟の漁船が渡御に加わって神輿船の曳き役を務めました。これが櫂伝馬船がお供をするようになった始まりで、その後、矢田地区、大井地区、福富地区、大海崎地区が渡御に加わっていきました。この5地区は五大地と呼ばれて櫂伝馬船を出すわけですが、最初に供を務めた馬潟地区の櫂伝馬船は「いの一番」を名乗り、渡御祭や還御祭で神輿船が接岸するとき、最後の曳航役を務めるのが慣わしになっています。

シシゾウ:櫂伝馬船とはどういう船ですか。

廣江:十数人の漕ぎ手が漕ぐ船で、約50人が乗り込む事ができ、船の舳先(へさき)と艫(とも)には踊り手のための踊り場が設けられています。昔は祭りがあるたびに漁船を改造していましたが、今はこの祭りのために造られた船を使用しています。櫂伝馬船は祭りのときには色とりどりの旗や幟で華やかに飾り付けられます。地区によって飾り付けは異なるのですが、私が属する馬潟地区で言うと、一番上に金色の擬宝珠(ぎぼし)のついた帆柱を1本立て、そこに飾り付けをしていきます。

シシゾウ:櫂伝馬船には、どういう人たちが乗っているのですか。

廣江:馬潟地区の櫂伝馬船の場合、約55名が乗り込みます。一番人数が多いのは櫂掻(かいかき)と呼ばれる漕ぎ手で、片弦に8人ずつ着いて櫂を漕ぐので、交代要員を入れて32人います。櫂伝馬船の総指揮をとるのは伝馬頭取(てんまとうどり)で、ほかに水先案内人役の早助(はやすけ)、舵取り役の練櫂(ねりがい)、櫂伝馬踊りを踊る剣櫂(けんがい)と采振(ざいふり)、船唄の音頭をとる音頭取、太鼓のお囃子が乗り込みます。ここまでは他の地区も同じですが、馬潟地区だけは、招(まね)きといって、花笠をかぶって化粧をした小学校低学年の児童が乗り込みます。招きは手を振って愛嬌をふりまくのが役割で、とても愛らしいので見物客に大人気です。
踊り、音頭、囃子、櫂漕ぎのオーケストレーション

シシゾウ:櫂伝馬船で披露される櫂伝馬踊りとは、どういう踊りですか。

廣江:櫂伝馬踊りは、遭難しかけた神輿船を助けた馬潟の漁師が喜びのあまり櫂を持って踊ったというのがそもそもの始まりで、江戸時代末期に、北前船の船頭を通じて新潟地方ではやっていた踊りが松江に伝わり、それを五大地の各地区が取り入れて現在の踊りの形になったと言われています。踊り手は、舳先にいる剣櫂という男役と艫にいる采振という女役で、ホーランエンヤの音頭と囃子に合わせ、剣櫂は、剣と櫂が合わさったような道具を持って勇ましく、采振は采(さい)と呼ばれる色とりどりの布を振ってあでやかに舞います。櫂伝馬踊りは、櫂掻が一糸乱れず櫂を揃えて漕ぐリズムに合わせて歌い、舞うことができてこその踊りです。言ってみればオーケストラみたいなもので、踊り手、音頭取、お囃子、櫂掻がきちんと揃うように、祭りの半年ほど前から練習を重ねます。
歌舞伎役者顔負けのあでやかさ

シシゾウ:剣櫂や采振の扮装が歌舞伎風なのはなぜですか。

廣江:歌舞伎が江戸時代にはやっていたので櫂伝馬踊りの装束に取り入れられたのではないかと言われています。剣櫂は、着物の上から化粧回しのようなものを腰に巻いているのですが、こちらは相撲取りの扮装を取り入れたものだと言われています。剣櫂の格好で一番人目を引くのは、なんといっても鬘(かつら)でしょう。地区によって多少異なりますが、馬潟地区の場合は3人の剣櫂がそれぞれ百日鬘、千日鬘、桃太郎という鬘をつけるのが伝統になっています。この鬘を用意するために、剣櫂役の子どもたちは京都まで行って鬘合わせをするんです。剣櫂や采振の衣装はすべて京都の専門業者に用意をお願いしています。化粧は剣櫂、采振だけでなく、早助や太鼓、招きもするので祭り当日は朝から全員の化粧をするのに地区を上げて大わらわです。

シシゾウ:剣櫂,采振はどういう人がなるのですか。

廣江:馬潟地区では、踊り手になるのは地区に住む15歳までの少年です。今回は少子化の影響でなり手が見つかるかどうか心配していたのですが、無事、剣櫂3名、采振3名を人選できました。前回の祭りのときには小学生も入っていましたが、今回は中学生だけです。

シシゾウ:ホーランエンヤを見るのにお勧めの場所はどこですか。

廣江:船渡御は宍道湖岸から船出し、大橋川の宍道湖大橋・松江大橋・ 新大橋・くにびき大橋を通って中海に出て、意宇川をさかのぼっていきます。還御祭のときには、このコースが逆になります。一番の見ものである櫂伝馬踊りは、大橋川では宍道湖大橋からくにびき大橋までの4つの橋のそれぞれの間、意宇川では出雲郷橋付近で披露されますので、川の両岸か、それぞれの橋の上でご覧になるのが見やすいでしょう。ただし、橋の上は人気の場所で、毎回人が鈴なりとなりますので早めに行って場所取りをしたほうがいいでしょう。5艘の櫂伝馬船は櫂伝馬踊りを披露するとき、2周旋回するのですが、川幅の広い大橋川では、櫂伝馬船の動きに合わせて供舟が一斉に入り乱れて動きますので、壮観ですよ。


34回目のホーランエンヤをすばらしいものにしたい 廣江:ホーランエンヤは12年に一度しか行われない祭りですので、櫂伝馬船に乗れるのは、ほとんどの人が一生に一度きりです。ですから、今回、船に乗り込む人たちは、とても名誉なことだと感じていると思います。たとえ船に乗らなくても、かつて船に乗った人は世話人として櫂伝馬船の飾り付けや供船の船頭といった裏方の役割をするなど、地区の人間はなんらかの形でこの祭りに関わっています。こういった形で、我々はこの祭りを継承してきました。ホーランエンヤは我々の先人が今の世に伝えた貴重な文化資産ですので、これを保存し、次の世に伝えていくことは、この地に住む者の役目です。貴重な文化資産を継承する使命感とこの地に住むことの喜びと誇りを持って、皆さんに良かったと言ってもらえるホーランエンヤにしたいと思います。
  • 日本の祭り 名産品
  • 祭り写真館
  • 祭りカレンダー
  • 注目の祭り
  • 吉村作治先生の祭り考察
  • ダイドードリンコ日本の祭りチャンネル
  • DyDo online shop
  • 日本の祭りボード 日本の祭りに関する発言はこちらへ!

日本の祭りポスターをプリントしよう!

ダイドードリンコは「NPO(特定非営利活動法人)日本の祭りネットワーク」に加盟しています。