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おわら風の盆

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:チューリップテレビ TUT
放送
:2008年9月21日(日)14:00~14:54

ダイドードリンコスペシャル

風のひと 土のひと ~おわら風の盆~

おわら風の盆

八尾のおわらは「風の人と土の人」が創り上げた芸術民謡だと言われています。「風の人」は外の文化を八尾に運んできた人々。「土の人」は八尾の人々。この風と土がどのように関わり、交わり、素朴だった民謡を芸術の域にまで昇華させることができたのか?その謎に迫り、おわらの魅力を追求します。その秘密の鍵は、意外にも5月に行われる「曳山まつり」の中に隠されていました。「曳山まつり」は、贅をこらした彫り物の山車で坂の町を練り歩く八尾のもうひとつの祭りです。今まであまり語られることのなかった「曳山」と「おわら」の関係を探り、このふたつの祭りの関係からおわらの原動力を紐解きます。 今回の主人公は、「曳山」と「おわら」を真剣にやるため、しばらく離れていた故郷に帰ってきた「中堅胡弓奏者」と、土の匂いを追い求めるベテランの唄い手。このふたりの活動を通して「おわら」を愛し、地元「八尾」にこだわる人たちの熱き心を追いかけます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

おわら風の盆

富山県富山市八尾町で毎年9月1日から3日間行われる「おわら風の盆」は、八尾町の人々によって受け継がれている伝統行事です。富山県民謡おわら保存会会長の福島順二(ふくしまじゅんじ)さんに、「おわら風の盆」の見どころをお聞きしました。

開催日
9月1日~9月3日 ※毎年同日
場所・アクセス
富山県富山市八尾町
・富山駅からJR高山本線で25分
・富山空港から車で20分
お問い合わせ
越中八尾観光協会
076-454-5138

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

富山県民謡越中八尾おわら保存会会長 福島順二さん 1年の成果を披露する3日間

シシゾウ:「おわら風の盆」は、八尾町の方々にとってどのような行事ですか?


福島:「おわら風の盆」は、八尾町の人々にとっては生活の一部です。仕事から帰ってきたら、胡弓、三味線、唄など、民謡「おわら節」の練習をする、それが八尾町の人々にとっての毎日です。そして1年の練習の成果を披露するのが「おわら風の盆」の3日間なのです。
何がなくても「おわら」!!

シシゾウ:福島さんにとって、これまでの「おわら風の盆」で印象的だったことは何ですか?


福島:私は昭和10年生まれで、太平洋戦争の頃はまだ10歳以下だったので詳しくは覚えていないのですが、たしか戦時中「おわら風の盆」は途絶えていたと思います。その後、終戦の翌年に復活したのです。食糧難で、生活すること自体が大変な時代にもかかわらず、です。戦争が終わったという開放感の中、三味線や胡弓の音色を聞き、町で踊る人たちを見て、当時少年だった私は、八尾の人がこれほどまでに「おわら」に愛着をもっているということに非常に感銘を受けました。「おわら」ってすごくいいな!と思ったのです。それが私が「おわら」を意識して受け止めた最初だったと思います。

「おわら」の根底にあるものとは? シシゾウ:「おわら風の盆」は、昔から現在のような曲調と踊りだったのでしょうか?


福島:「おわら風の盆」には300年の歴史がありますが、昭和の初めの頃まで唄われていた歌詞は洗練されたものではなく、また踊りも決まった型はありませんでした。大正から昭和にかけて、「おわら風の盆」を再構築しようという動きが地元で起こり、まず昭和3年に日本画家の小杉放庵さんが八尾に招かれました。小杉放庵さんは、八尾の四季を唄う『八尾四季』を作りました。 そして次に、『八尾四季』に合う新しい踊りが日本舞踊の若柳流家元初代吉三郎さんによって振り付けられました。格調高い伝統芸能としての奥深さをそのころ獲得したのだと思います。そして、八尾の人たちによって連綿と受け継がれ、八尾の生活の中で洗練され、今に至っているのです。「おわら」の根底にあるのは「おわら」を愛する、八尾町の生活に根ざしている「真心」ではないでしょうか。「おわら」を受け継ぐということは、「真心」を受け継ぐということです。

歩くより先に「踊り」? シシゾウ:踊りの練習は何歳ぐらいから始めるのですか?


福島:家の中、町の中に、「おわら節」が流れているので、歩けるようになったら見ようみまねで踊り始めています。そして小学生になると、8月のお盆の少し前頃から「おわら」の練習に参加します。町内によって異なりますが、毎日夜7時に集まって30分、小学生に対して中学生以上が「輪踊り」を教えます。その後の1時間は中学生に対して高校生以上が「男踊り」や「女踊り」を教えます。さらにその後の1時間は、高校生に対して大学生以上が教えます。ちなみに大学生以上に対しては町の年輩者の厳しい目が光っており、彼らは気が抜けません。
踊り手は25歳になったら一線を退くのが慣例です。その後、唄や三味線、胡弓などの地方の道に進む人もいます。地方は人によってはすぐに芽が出るわけでもなく、年季を重ねて精進せねばなりませんが、「温習会」と呼ばれる練習会が定期的に開かれているので、若い人もしっかり伝統を受け継いでくれています。
観客が「おわら」を育てる!?

シシゾウ:「おわら風の盆」の3日間は大変な人出だそうですね。


福島:私は、1996年から「越中八尾観光協会会長」もお引き受けしていましたが、2000年は大変でした。この小さな町に、3日間で30万人以上の人が訪れたのです。観光客からは「踊りが見えなかった」「何も聞こえなかった」というクレームがきましたし、八尾町の人からは「せっかくの風の盆が台無し。おわらは見世物じゃない」という苦情が寄せられました。町の人は、観光客が殺到することに対して非常にナイーブになっていました。しかし私は違う考え方でした。誰もお客さんがいない中で、自分たちだけで「おわら」を楽しんで満足するという考え方もありますが、お客さんに見ていただいて感動してもらう、そういう喜びもあると思ったのです。感動してもらうというのは簡単なことではありません。自分の腕を磨く必要があります。「おわら節」は普通の民謡と違って、奥の深い芸術性をもっています。ですからお客さんに見ていただくことで、より自分に厳しく「おわら」に打ち込み、芸を深めていくことができるのです。観光化と「おわら風の盆」の伝統、これは二律背反する問題ではないんだとお話ししたのです。
また、訪れてくださる観光客の方も「おわら」という伝統芸能に参加しているのだ、という気持ちをもってお越しいただければ、なおのことありがたいです。そうすれば切磋琢磨して、来年またさらに向上した「おわら」をお見せできると思うのです。
八尾の文化を楽しめる町づくりが私の夢! 福島:観光客が殺到した2000年から、八尾町では、「おわら」という伝統芸能をいつ来ても楽しんでいただける通年観光の整備を進めています。
9月に「おわら風の盆」を見て帰るというのだけでなく、いつ来ても「おわら」の文化に接することができるようにしたいのです。そして豊かな自然の中、川のせせらぎが聞こえてくる昔ながらの町並みが残る八尾町を訪ねていただいて、「おわら」を通じて八尾の人たちの真心を受け取っていただく。一晩だけではなく二晩でも泊まりたいなと思う、そういう「おわら」を中心とした地域づくりが私の夢なのです。「おわら」にはそういう力があるのです。
3日の夜、唄って町を流しています!

シシゾウ:福島さんは、「おわら風の盆」で演奏などをされていますか?


福島:いいえ、私は三味線や胡弓といった演奏もできませんし、踊りも特別上手なわけではありません。しかし、「おわら保存会会長」になると、「おわら」に関わるいろいろな方と交流する機会が多いわけです。その度に「なんで俺、保存会長しているのかなぁ」と、自分自身に忸怩(じくじ)たるものがありました。この年になってから楽器は難しいだろうけど、カラオケには自信がありました(笑)。そこで5年ぐらい前から「おわら節」の唄を習うことにしたのです。当たり前ですが、カラオケと「おわら」は全然違いました。しかし保存会の方に「下手でもいいから自信を持って、大きい声で腹の底から唄って。コブシなどは後からでいい」と言っていただきました。それがもう目からうろこで。自画自賛のようで恐縮ですが、今では「会長の唄は上手くないけど、八尾の味がある」と言っていただけるようになりまして、大変うれしかったです。僭越なのですが、どんなに上手いプロの歌手の方でも、八尾の人が唄う「おわら節」とは少し違うと思うのです。「おわら」本場の味は八尾の人でしか出せないという自負が、私たちの中にはあります。

シシゾウ:今、「おわら」を唄う上で心がけていることは何ですか?


福島:自分で描いている「おわら」のイメージを、心で歌うということですね。

シシゾウ:「おわら風の盆」で唄う機会はありますか?


福島:「おわら風の盆」として、町単位で行う行事は夜の11時までです。その後は個人の自由となり、時間をどのように過ごすかは各自に任されています。気の合う仲間同士で演奏する、名人と手合わせする、そういう楽しみがある時間です。しかし楽しみといっても、1年の練習の成果を披露して切磋琢磨する大切な時間ですから、みな真剣にやっています。下手な人は唄わせてもらえないのです。私自身も3日の夜、自分の町や諏訪町通りなどで、地方の人が“唄ってもいいよ”と言ってくれたとき、ちょっと歌わせてもらえる程度です。けれど、それをすごく楽しみにしています。
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