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ケベス祭り

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:大分放送 OBS
放送
:2008年11月3日(月・祝)15:00~15:54

ダイドードリンコスペシャル

正体は神か悪魔か!火の粉舞う戦い ~奇祭・ケベス祭り~

ケベス祭り

毎年10月14日、大分県国東市国見町の岩倉八幡社で行われる「ケベス祭り」。不気味な木の面をかぶった“ケベス”と白装束に身を包んだ“トウバ(当場)”たちが火の争いを行う。起源も祭りの意味も全く分からない、まさに奇祭である。とにかく詳細不明だが、かなり古くから行われてきた祭りで、櫛来(くしく)地区が代々受け継いできた。神社を祀る、9箇所の集落や住人のことを“トウバ”といい、毎年交代で務める。9集落あるので、ケベスに選ばれるのは9年に1度。一生の名誉ともいえる。過疎化で祭りの維持が段々と難しくなる中、地区住民は、淡々と、先祖からの習わしを受け継ぎ守ってきている。なぜ“奇祭”と呼ばれるのか、祭りに関わる地区の人々の取り組みと、謎に包まれた火まつりの魅力に迫る。

祭り紹介

  • 祭り写真館

ケベス祭り

大分県国東市国見町櫛来地区の岩倉社で10月14日に行われる「ケベス祭り」は、他に類がない奇祭として知られています。ケベス祭り保存会の一員で、祭りの継承に尽力されている河野昭一(こうのしょういち)さんに「ケベス祭り」の見どころをお聞きしました。

開催日
10月14日 ※毎年同日
場所・アクセス
大分県国東市岩倉社
・JR日豊本線宇佐駅下車 車で約45分
・大分空港から車で約40分
お問い合わせ
国東市文化財課
0978-72-2677

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

河野昭一さん

すべてが謎に包まれたミステリアスな奇祭

シシゾウ:「ケベス祭り」のケベスとは、
どういう意味があるのですか?


河野:「ケベス祭り」のケベスという言葉の語源や祭りの起源は一切謎に包まれています。この祭りは岩倉社の祭りで、お宮そのものは、寛平元年の889年に宇佐神宮のご分霊を移してお祀りしたという伝承がありますが、その他の記録は残っていません。大概、どこの神社にも文献があるものですが、岩倉社は昔の村社格の小さいお宮なので記録も残されなかったのではないかと思われます。

シシゾウ:「ケベス祭り」では、どのようなことが行われるのですか?


河野:岩倉社には、古くから伝わるケベスと呼ばれる正体の判然としない神秘的な面があります。このケベス面を着けたケベスとトウバ(当番)と呼ばれる男たちが燃え盛る焚き火の前で火を巡って争います。最終的にトウバたちは火のついたシダ束を持って、参拝客に火の粉を浴びせ、無病息災を祈願します。火祭りは全国にいろいろありますが、ここの火祭りは他には見られない珍しいものだと言われています。
実は、この火祭りは、御神輿の御神幸が行われる本祭りの前夜に行われる宵祭りなのですが、今ではケベス祭りと言えば火祭りというくらい、宵祭りが有名になっています。

シシゾウ:ケベスやトウバになるのは、どういった方々ですか?


河野:トウバはその年、祭りを執り行う地区で、岩倉社の氏子の地区を9つに分けて、毎年順番に持ち回りで担当しています。平成15年までは10地区あったのですが、過疎で戸数が減り、2地区を合併して現在の9地区になりました。トウバに当たった地区の男たちは祭りの準備から祭り本番までの行事一切を行います。ケベスに扮する者もトウバの地区の男の中から選ばれます。

シシゾウ:ケベス役はどのようにして決めるのですか?


河野:神官さんの吊り籤(くじ)で決めます。トウバ地区の男の中からケベス役の候補者を前もって数名選んでおきます。その人たちの名前を2cm角くらいの小さな紙に書き、その紙を折って籤を作り、お盆の中に入れます。神官さんは、お盆の上に幣(へい)※をかざし、何度もなでるように動かします。すると、幣の紙に、籤がくっついて上がってきます。今で言う静電気の働きなのですが、昔は神様が乗り移った印とされていました。それで、その幣についた籤に名前が書かれた者がケベス役になります。
ケベス役は、体力がいるので60歳を越えるような高齢の人にはかなりの重労働です。ただ、不思議なことにここ数年、籤に当たるのは40歳前後の若い人なので、神様は元気のいい人を好いているんだなと皆で言っているんです。

※幣(へい):御幣(ごへい)とも言い、神事でお祓いや祈祷に使われる祓具。木の幣串に2本の白い紙垂を挟んでいる。


神様をお迎えして集落全員が精進潔斎(しょうじんけっさい) 河野:火祭りは14日の夜に行われますが、祭りの準備はその前から始まります。まず、祭りに先立って、祭りの総指揮をとる大世話人、神様に五穀を炊いてお供えするオカヨなどの役を決めます。
次に火祭りに使うシダ束を用意します。祭りには、直径20cmのシダ束が200把必要なのでトウバの地区の者が総出で山に行って1日がかりでシダを切って集めます。これがなかなかの重労働です。
祭り期間中は、岩倉社から神導(じんどう)様と私たちが呼んでいる神様のお使いが集落に下ってこられます。その神様をお祀りする「神穂屋(かむほや)」という小さな小屋をトウバ元と決められた家の座敷戸口に作ります。そういった準備を10月7日ごろまでに済ませます。そして9日に、岩倉社に神導様をお迎えに行き、祭り期間が始まります。

シシゾウ:神導様はどのようにしてお迎えするのですか?


河野:9日の早朝にトウバ地区の男全員で岩倉社にお迎えに行きます。小さい子どもでもお宮に歩いていけるくらいの年齢でしたら連れていきます。神導様は、岩倉社に祀られている猿田彦の面を依代(よりしろ)※となさっています。その面をお宮から神穂屋に移して、お祀りします。
この日から祭りが済むまで、オカヨ役の者は毎朝、海に行って海水で身体を洗い清める潮かきをして精進潔斎し、五穀を炊いて神導様にお供えします。トウバ地区全員の精進もこの日から始まります。この精進は、他人と火を交えないというのが決まりで、トウバの地区以外で作られた食事を取ることが許されません。だから、お勤めの人や小中学生などは、会社や学校に行くとき、お弁当と水筒を持参します。トウバの家によその地区からお客様が来たとき、お茶を出すことも許されません。精進が悪いと火祭りで怪我をするという言い伝えがあり、万一、祭りで不具合があれば「精進が悪いから」とすぐ言われるので、このしきたりは今も忠実に守られています。

※依代(よりしろ):神事などで神が宿る対象になるもの。

ケベスとトウバが燃え盛る炎の前で激突! 河野:宵祭りのある14日は、トウバ元にお下りになっていた神導様が、お宮にお戻りになります。午後2時にトウバ地区の者は、神導様のお供として岩倉社に行き、猿田彦の面をお宮に安置します。午後6時になるとケベス祭りに参加する男性は全員海に行って潮かきをして身を清め、白装束に着替えます。頭も白頭巾、足元も白足袋で全身白づくめです。小さな子も身の丈に合った衣装をお母さんにこしらえてもらいます。とてもかわいらしいですよ。そして、白装束になった男たちは、差又(さすまた)という先端が2つに分かれた長さ約2mの手製の棒を持ちます。午後7時から、トウバの男たちと宮付や総代といった神社の関係者たちは拝殿で神官さんのお祓いを受けます。それから、神官はケベス役を務める者にケベスの面を着けます。するとケベス役の者にケベスが乗り移ったことになり火祭りの本番が始まります。

シシゾウ:ケベスはどのようなことをするのですか?


河野:面をつけたケベスは、拝殿から拝殿前の広場に降りてきます。広場の拝殿横には、シダ束がうず高く積み上げられ、火がつけられます。これが庭火と言って御神火になります。ケベスは、太鼓と笛と鉦によって演奏される錬楽(ねんがく)の4拍子に合わせ、手にした差又を扇子でトントンと叩いて調子をとりながら、直径10mくらいの円を描きながら舞います。そのケベスについて15人ほどの神社関係者も一緒に円になって舞います。
ケベスは舞いながら1周すると、踊りの輪から離れて、燃え盛る庭火に突進します。庭火の回りには、トウバの若者たちが待機していて、ケベスが火に入るのを食い止めます。そして、ケベスとトウバの若者が一対一で差又を交えて戦います。この格闘は、差又を両手で持って、お互いの差又の先と先を合わせ、グルッと円を描くような所作は決まっていますが、気合を入れてやるので、かなり体力を要します。最終的にトウバは、ケベスを錬楽の踊りの列に押し戻します。そうするとケベスはまた錬楽に合わせて踊りの輪を1周します。そして再び、庭火に向かって突進します。すると、今度は別のトウバの若者がケベスを食い止め、最初のときと同じように格闘し、再び、踊りの列に戻します。そうして、ケベスはまた1周踊って3度目の突進をします。このとき、トウバの者はケベスを止めません。ケベスは庭火の中に入り、差又で炎を上げて燃えている庭火をかき混ぜます。火の粉がパッパッと激しく飛び散ってまるで花火のようで、「火をはねる」と私たちは呼んでいます。約2分間それが続き、頃あいを見計らって錬楽の踊りの輪にいた宮付がケベスを踊りの輪に引き戻します。
ケベスはこれを3回繰り返します。つまり、9回庭火に突き進んで、そのうち3回は庭火に入って火をはねるわけです。
襲い掛かる火の粉に阿鼻叫喚!? 河野:9回目にケベスが庭火に突進し、火の中に入って差又で火をはねると、それまではケベスと戦っていたトウバの男たちが一転、ケベスと一緒になって火をはねる側に回ります。
トウバの男たちは、火をつけずにとっておいたシダ束に火をつけ、差又の先に刺して、境内にいる参拝者の頭の上に火の粉をふりかけます。当然、参拝客は逃げますが、トウバの男たちは、境内中を逃げ回る人たちを追いかけて容赦なく火の粉を浴びせかけます。夜の闇に大量の火の粉が飛び散って、この祭りの最大の見せ場です。この火の粉を浴びると、無病息災になると言われています。逃げない人もたまにいますが(笑)、その場にいて、火のついたシダ束を持ったトウバの者に追いかけられると、ものすごい迫力ですので、みなさん逃げ回ります。これが30分近く続きます。シダ束がなくなると、神官さんが終わりの太鼓を鳴らし、火祭りは終了します。

シシゾウ:大量の火の粉が飛び散ってやけどはしないのですか?


河野:ちょっと熱いなという程度のことは感じますが、やけどはしません。シダは、火がつくと勢いよく燃えるのですが、すぐに消えるのが特徴です。それがシダを使う理由でもあります。ただし、ケベス祭りをご覧になりにくるときは、燃えやすい化繊の服は決して着てこないでください。女性のストッキングもすぐに火の粉でピリッと裂けてしまうので、スカートでなくスラックスで来られたほうが良いと思います。髪の毛は火の粉が落ちると、すぐにチリチリになってしまうので帽子は必需品です。

シシゾウ:祭りを見物するときのアドバイスはありますか。


河野:岩倉社の境内そのものは約1ヘクタールの広さがありますが、ケベスとトウバの格闘が演じられる拝殿前の広場は広くないので、例年、大勢の参拝客で身動きがとれないくらいです。ケベスとトウバの格闘やケベスが火に入るところを見たければ、早めにお越しいただいて拝殿横の庭火のそばに陣取られた方が良いでしょう。

シシゾウ:「ケベス祭り」を見にきた際、お勧めの立ち寄りスポットはありますか?


河野:火祭りは夜からですので、早く来られたときは、通称「三階屋(さんがいや)」と呼ばれる「濤音寮(とういんりょう)」に立ち寄られるといいと思います。明治時代に建てられた大きな木造三階建の造り酒屋を改修したギャラリーで、食事ができる茶房もあります。岩倉社から500mほど離れたところにある「国見ふるさと展示館」もお勧めです。明治初期の庄屋屋敷を利用した展示館で食堂と地元産品の直売所があるので、ぜひお立ち寄りください。
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