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富山県富山市八尾町で行われる「おわら風の盆」。静かな坂の町が9月1日から3日間、哀調の調べに包まれます。35~6年間八尾町で三味線奏者として活躍している富山県民謡おわら保存会渉外部長 (そうけじま まさつぐ)さん(64)に「おわら風の盆」の見どころをお聞きしました。 |
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スタッフ:他の民謡と「おわら風の盆」で演奏する「越中おわら節」との違いはどのようなところですか?
まず曲のテンポがゆったりしているところですね。地方(じかた)の中でも、三味線の、「タテ」と呼ばれるリーダーがリズムを作ります。例えばメトロノームで60のテンポの曲ならば、最初から最後まで60のテンポを守る、テンポが早くなったり遅くなったりすると、踊りにくく、唄いにくいのです。しかし同じ曲だからといって、毎回同じテンポで演奏するわけではありません。踊りも「豊年踊り」、女子の「四季踊り」、男子の「かかし踊り」と3種類あるので、踊りによってテンポも変えなけばなりません。
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スタッフ:「越中おわら節」を唄う上で、難しいのはどのようなところですか?
 「越中おわら節」は、甲高い声で唄い始めます、この高い声がなかなかでません。これは大阪で文楽の修行をして八尾に戻り、大正から昭和のはじめ頃、唄い手として活躍した江尻豊治が考案した江尻調と呼ばれる独特の歌唱法です。また、歌詞は上の句七七、下の句七五で、上の句七七を一息で唄わなければなりません。甲高い声で唄い出し、ゆっくりしたテンポながら一息で唄わなければならない、実は「おわら」は独特で難しい唄なのです。プロの民謡歌手の方でも「おわら」は、難しいとおっしゃって披露されません。八尾でも、経験を積んだ唄い手でないと「おわら」の“あや”をだすことは難しいのです。 |
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スタッフ:踊り手、地方は1年を通して、どれくらい練習をするのですか?
 小学生以上になると、8月のお盆の少し前頃から、踊りの練習が始まります。
小学生はまず「豊年踊り」を、中学生以上になると「かかし踊り」や「四季踊り」を習います。教えるのは上の学年の子どもたち、若者たちです。「おわら風の盆」の行事に、町の踊り手として参加するのは25歳までの未婚の男女です。25歳をすぎると、興味のある人は地方に転身します。八尾全体をまとめる「富山県民謡おわら保存会」の本部があり、各町ごとが支部となります。「温習会(オンシュウカイ)」と呼ばれる練習会が支部単位、または本部単位で定期的に開かれます。八尾では芸を磨き、伝承する仕組みが今も残っているのです。
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スタッフ:「越中おわら節」の唄の構成はどのようになっていますか?
 「越中おわら節」は長囃子で始まり、上句七七、下句七五の歌詞とお囃子が交互で、最後は長囃子で終わります。下句の七と五の間には「オワラ」と入れます。「富山県民謡おわら保存会」では毎年、新しいおわらの調の歌詞を募集しているので、歌詞は数千におよびます。
スタッフ:
これだけはぜひ聴いて帰って欲しい歌詞があれば教えてください。
 「おわら風の盆」は300年の歴史がありますが、昭和の始めの頃まで唄われていた歌詞は洗練されたものではなく、踊りも決まった型はありませんでした。昭和のはじめ、「おわら風の盆」を再構築しようという動きが地元で起こり、昭和3年に日本画家の小杉放庵さんが八尾に招かれました。小杉放庵さんは、まず八尾の冬の状況を歌詞にしました。それが「もしやくるかと窓押しあけて見れば立山 オワラ 雪ばかり」です。冬の歌詞がきっかけとなって、春夏秋冬を唄う『八尾四季』が誕生したのです。春の歌詞は「ゆらぐつり橋 手に手をとりて 渡る井田川 オワラ 春の風」夏は「富山あたりか あのともしびは とんで行きたや オワラ 灯(ひ)とり虫」秋は「八尾坂道 わかれてくれば つゆかしぐれか オワラ はらはらと」です。さらに『八尾四季』にあわせて、新しい踊りが作られました。振り付けたのは舞踊家の若柳吉三郎さんです。それが女子の「四季踊り」であり、その後、男子の「かかし踊り」も振付けました。小杉放庵さんの「八尾四季」という歌詞が今の「おわら風の盆」につながっているという点から「八尾四季」はぜひ聴いていただきたいですね。 |
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 「おわら」の歌詞を書いたのは、小杉放庵さんだけではありません。
童謡『七つの子』、『しゃぼん玉』などを作った詩人の野口雨情さん、大衆劇『瞼の母』の作者・長谷川伸さんなど名だたる文人、文化人が歌詞を書いています。八尾の辻々には「おわら名歌」の碑、24個が建立されていますので、昼間は名歌碑めぐりをしてはいかがでしょうか。歌詞の美しさに驚かれると思います。 |
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スタッフ:「おわら風の盆」の演奏や踊りは深夜まで続くと聞きましたが、
何時頃までですか?
 「おわら風の盆」は夜の11時までが行事として町単位で踊ります。その後の時間は、行事外の時間です。行事では踊り手は25歳以下の男女ですが、卒業した25歳以上の人も踊りに参加します。また地方も行事外では町単位を越えて、気の合った仲間同士や手合わせしたい相手と演奏ができるので、行事とは別の楽しみがあるのです。演奏が始まると、三味線の「タテ」が真剣になる、他の地方がついてくる、踊り手たちも雰囲気を壊してはいけないと、真剣になってくる、そこに集った一人一人が行事とはまた違った気持ちで臨む時間なのです。観光客の方も、その場の雰囲気を大事にして見守っていただければ、新たなおわらの魅力を感じていただけると思います。
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スタッフ:「おわら風の盆」最終日は、朝まで踊り明かすグループも少なくないそうですね。
そうですね。観光客の中には、朝まで「おわら」を堪能して、4日朝の一番列車に乗って帰る方がいらっしゃいます。JR越中八尾駅を地区に含む福島町の青年たちが中心になって、お帰りになる方々に「よく来ていただきました。最後のおわらをご披露します」とホームでおわらを見ていただいています。「見送りおわら」と呼ばれるもので、見送られる方々は毎年、とても感激されています。
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