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2007年の西馬音内盆踊り
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ダイドードリンコスペシャル
葉月の幻影~秋田・西馬音内盆踊り~
 
制作 秋田テレビ AKT
放送 2007年9月1日(土)12:30~13:25 ハイビジョン制作
 
国の重要無形民俗文化財である「西馬音内盆踊り」は、秋田県南部の羽後町に、700年以上昔から伝わる伝統行事。豊年祈願や盆供養のために始められ、毎年8月16~18日までの3日間繰り広げられる。野趣あふれる囃子と美しく妖艶な踊りが特徴だ。 西馬音内地区の女性たちは、祖母から母へ、母から子へ受け継がれる西馬音内盆踊り特有の美しい踊り衣装「端縫い」を身にまとい踊る。番組では、地域の女性たちの端縫い衣装への想いを描くとともに「西馬音内盆踊り」のすべてを紹介する。

2007年の祭り写真
・JR奥羽本線 湯沢駅から
 バス「JA西馬音内」下車
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祭りのご紹介
秋田県雄勝郡羽後町の西馬音内(にしもない)地区で8月16日から3日間行われる「西馬音内盆踊り」は、昭和56年、盆踊りとしては全国ではじめて国の重要無形民俗文化財に指定されました。昭和51年に「西馬音内盆踊り」の美しさに魅せられて以来、盆踊りの運営に携わってきた西馬音内盆踊協賛会事務局長・佐藤康雄さん(53)に見どころをお聞きしました。
西馬音内盆踊りは船で運ばれてきた!?
 
西馬音内盆踊協賛会 事務局長 佐藤康夫さん
西馬音内盆踊協賛会
事務局長 佐藤康雄さん
スタッフ:「西馬音内盆踊り」はいつ頃、どのように始まったのでしょうか?

佐藤:「西馬音内盆踊り」の起源は、約700年前に源親(げんしん)という上人が、西馬音内の神社で豊年踊りを踊らせたという説をはじめ諸説ありますが、実ははっきりわかっていません。しかし「西馬音内盆踊り」は上方文化の影響を西馬音内盆踊りは船で運ばれてきた!?受けていると考えられています。江戸時代、北前船による日本海側の航路が開かれ、京都・大阪からの物資が雄物川によって羽後町まで運ばれるようになると、西馬音内は商業地として栄えました。そして京都・大阪で流行していた歌舞伎、能の仕舞いなども伝承され「西馬音内盆踊り」に影響を与えたと考えられています。



  昭和10年は「西馬音内盆踊り」のルネサンスです! pagetop
  昭和10年は「西馬音内盆踊り」のルネサンスです!

佐藤:ただ、明治大正の頃まではみな好き勝手に踊っていたらしいです。昭和10年、「第9回全国郷土舞踊民謡大会」に秋田県の推薦で東北代表として出演することが決まったのをきっかけに、古くから伝わっていた振りを基本形としそれぞれが個性的に踊っていたのを、きれいな踊りに再構築して今の形になりました。だから昭和10年は「西馬音内盆踊り」のルネサンスなのです。

  私もまだ踊れません!! pagetop
  スタッフ:「西馬音内盆踊り」はどのような踊り方をするのですか?

私もまだ踊れません!!

佐藤:踊りは2種類あります。明るいリズムのお囃子で踊る「音頭」と、マイナーなリズムで踊る「がんけ」です。私は西馬音内の隣の地区出身で、昭和53年から、「西馬音内盆踊り」の運営に関わってきましたが、実はいまだにうまく踊れません。 動きが複雑で、一朝一夕で踊れるものではないからです。例えば足の運びは能・狂言のようなすり足で、かつ複雑なステップです。また手の動きも手の平を反り、優雅な動きをします。難しい所作なのですが、上手な踊り手を見ると、「西馬音内盆踊り」は計算された美しい踊りだということがわかります。その為、子どもの頃から練習することによって、ようやく体得できる緻密で複雑な踊りなのです。西馬音内では「西馬音内盆踊保存会」の会員が、保育園、小・中・高の学校へ出向き「西馬音内盆踊り」を教えています。こういった子どもの頃からの練習が「西馬音内盆踊り」の伝統を支えているのです。

  踊りには「砂」が欠かせないって、ホント!? pagetop
  踊りには「砂」が欠かせないって、ホント!?

佐藤:「音頭」は明るいお囃子でまだ踊りやすいのですが、「がんけ」は、着物の袂をもって、一回転する動きがあるなど、より難しくなります。あまりに複雑な動きの為、地元の者でないと、踊るのは難しい踊りです。また、会場のアスファルトには砂が撒かれています。昔は地面だったので、砂を撒く必要はなかったのですが、「がんけ」の一回転をスムーズにするため、そして、草履が磨り減らないようにするためです。今は、踊りは夜7時30分から始まって11時30分には終了していますが、昭和30年代までは一晩踊り明かす人が少なくありませんでした。それだけ踊ると、草履の傷みが激しいので、予備の草履を腰からぶら下げて踊っている人もいました。



  気持ちが開放される笠と頭巾!? pagetop
  気持ちが開放される笠と頭巾!?スタッフ:「西馬音内盆踊り」ではどうして編み笠と彦三頭巾をかぶるのですか?

佐藤:これにも諸説あります。昔このあたりに山賊がいて、盆踊りの時期に若い娘が顔を出して踊っていると、目をつけられ、さらわれるから顔を隠したという説があります。彦三頭巾については、東北地方では農作業で日焼けをしないように、頭部に「ハンコタンナ」という黒い布をまく習慣がありますが、それがもとになっているという説、また明治時代の坂東彦三郎という役者の真似をしたという説もあります。私も実際に顔を隠して踊ったことがありますが、開放された気分になり、より大胆な動きができるので、西馬音内盆踊りには欠かせないものとして受け継がれたのではないでしょうか。

  祖母から孫へ伝わるゴージャス衣裳 pagetop
  祖母から孫へ伝わるゴージャス衣装スタッフ:「西馬音内盆踊り」を見るポイントを教えてください。

佐藤:会場で座って、踊り手一人一人をよく観てください。例えば頭の角度ひとつとっても微妙にちがいます。美しく踊る人もいれば、大胆な踊りをする人もいます。そういうことが見どころです。 また衣裳も見ていただきたいです。 衣裳には、「藍染の浴衣」と「端縫い衣裳」の2種類があります。「藍染の浴衣」は、かつては町の女性たちによって作られたもので柄も個性的で袖に赤い布を縫い付けているのが特徴です。 「西馬音内盆踊り」特有のものが「端縫い衣裳」、4種類から5種類の絹の生地をはぎ合わせたものです。はぎ合わせたといっても、厳選された絹を、左右対称に配色し、きれいに見えるよう作っている贅沢なものです。終戦前まで「端縫い衣裳」は、お金持ちの家の女性かあるいは、誰もが認める踊りの達人しか着ることができなかったのです。「端縫い衣裳」には祖母から母そして孫へと、100年以上にわたって受け継がれているものもあります。

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  スタッフ:西馬音内盆踊り」を見る、お勧めの場所はどこですか?
踊りを見る穴場はココだ!!

佐藤:本町通りの会場では、桟敷席、観覧席などをもうけていますが、最近は大変込み合うので、コミュニティーセンター前の駐車場にも特設会場を設けています。こちらでは西馬音内盆踊保存会の会員が踊っていますので、500円の観覧席をご購入いただければ、ゆったり本場の踊りを堪能していただけます。