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姥神大神宮渡御祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:北海道放送 HBC
放送
:2006年8月27日(日)14:00~14:54

ダイドードリンコスペシャル

うばがみさん ~江差の五月は江戸にもない~

姥神大神宮渡御祭

往時のニシン景気をいまに伝えるのが、江差町・姥神大神宮渡御祭。この神社は地元では“うばがみさん”と呼ばれ、祭り中は13台の山車が歴史上の人物を乗せて、ひたすら練り歩く。小さな町の人口は、祭りの期間中、実に6倍にも膨れ上がる。その魅力は一体どこにあるのかを番組がひも解く。

祭り紹介

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姥神大神宮渡御祭

昨年、姥神大神宮祭典協賛実行委員会のメンバーになり、祭りの魅力を再発見したという安田克臣さん(34才)にお話しを伺いました。

開催日
8月9日~8月11日 ※毎年同日
場所・アクセス
北海道江差町内一円
・JR江差線 函館-江差 約2時間20分
・函館より車で約1時間30分
・札幌より車で約4時間30分
お問い合わせ
追分商工観光課
0139-52-6716

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

「姥神(うばがみ)まつり」は江差のお正月
姥神大神宮祭典協賛実行委員会のメンバー安田さん
姥神大神宮祭典協賛実行委員会
のメンバー安田克臣さん
スタッフ:昨年、参加してどのような感想を持ちましたか?

安田:祭りが終わると江差の人がいう言葉があるんです。
「来年の祭りまで何日ある?」って。
普通、お正月が1年の起点ですよね、でも江差では違う。「姥神様の祭り」なんです。
そのことを実感しましたね。
江差を離れた人で、お正月やお盆に帰ってこられなくても、この祭りには帰ってくるんですよ。祭りの時期は観光客も増えるんですが、帰省してくる人が多いので、町の人口は普段の4倍から6倍に膨れ上がるんです。「姥神様の祭り」と聞けば燃えて、いてもたってもいられなくなるのが江差っ子なんだなぁって思いました。


豪商は船で祇園祭を運んだ
豪商は船で祇園祭りを運んだ スタッフ:「姥神大神宮渡御祭」はどんな祭りですか?

安田:姥神大神宮は、ニシン漁の神社として祭られていました。
姥神大神宮渡御祭はニシンの大漁を神様に報告し、感謝したのが始まりで360年以上の歴史があり、北海道最古の祭りなんです。
祭りのスタイルは鳳輦(ほうれん)と3基のお神輿(みこし)の行列に13台の山車(やま)がお供して、2日間町内を回るというものです。
山車は船の形をした「松寶丸」以外、御所車風の台車です。飾り金具や水引がたくさん使われていて、その中に大きな武者人形を据えるんです。
人形を据えると山車は地上から4メートル以上の大きさになります。
京都の祇園祭の流れをくむお囃子にのって13台の大きな山車が進む姿は豪華で勇壮ですよ。


スタッフ:どうして祇園祭のお囃子が江差の祭りに伝わったんですか?

安田:かつて江差はニシン漁で栄え、北前船の発着地でした。
回船問屋や海産商などが軒を連ね、商都の活気があったんです。
お囃子は近江商人が京都の祇園祭の囃子方を招いて伝えられたという説と、また、北前船の経営者や大手商人等が冬期間、京都や大阪に 滞在して仕入れ・静養をしているときに習得して帰り、ひろめたとも伝えられています。

※「北前船」とは・・江戸時代中期に発生し、明治の後半頃まで大阪と北海道を結ぶ日本海航路に就航した回船。北海道からは海産物を、大阪からは塩・鉄・砂糖・綿・反物などが運ばれた。

「姥神様の祭り」は動く歴史博物館だ
「姥神様の祭り」は動く歴史博物館だ  スタッフ:「姥神様の祭り」は北前船で栄えた江差の歴史を伝えているんですね。

安田:そうですね。「山車」は13台ありますが、なかでも「松寶丸」と「神功山」は北前船が往来していた貴重な歴史を刻んでいます。
「松寶丸」は1845年に近江商人が大阪へ発注して作らせたもので、「神功山」の人形は1754年に京都の商人が作ったという記録があるんです。


スタッフ:「松寶丸」も「神功山」の人形も当時のものを使用しているんですか?

安田:はい。それぞれ北海道の有形民俗文化財に指定されていますが当時のままです。
動く歴史博物館といったところでしょうかね。

猿田彦(さるたひこ)に要注意
猿田彦(さるたひこ)に要注意 スタッフ:行列の様子はどのようなものですか?

安田:8月10日、11日とも神輿行列があるんですが、列を先導するのは天狗のお面を頭につけた「猿田彦(さるたひこ)」役です。猿田彦というのは道の神様です。お神輿が通る道を清め、進行の邪魔をするものがいれば懲らしめます。例えば道から見えるところに洗濯物を干しているのが猿田彦に見つかると、猿田彦は座り込んで動かなくなるとされています。行列の邪魔をすると猿田彦は怒りますので気をつけてくださいね。
猿田彦の行列が過ぎると神輿の行列、時間を置いて山車13台が続きます。

夜は「山車」の舵さばきを見逃すな
夜は「山車」の舵さばきを見逃すな スタッフ:「山車」を見るならここ!という場所はありますか?

安田:10日は昼間に海側の下町を回った後、夜は愛宕町商店街通りに、11日は昼間に繁華街を中心とした上町を回った後、夜は新地町繁華街に山車が勢ぞろいします。夜は山車に明かりが点灯され、昼間とは違う輝きがあります。
道路の進行方向を向いていた「山車」を旋回させ、正面を歩道側へ向けさせるのが見せ場の一つです。「舵取り」役の腕の見せどころで、山車がピタリと所定の位置で正面を決めると、歩道にいる観客たちから歓声が上がります。13台が勢ぞろいした様子は壮観ですよ。お囃子のテンポも速くなり、山車を囲んで若者たちは熱狂的に踊るんですよ。山車のクライマックスですね。

「七・五・三」に感激
「七・五・三」に感激 スタッフ:神輿行列、見ごたえあるのはいつ、どのあたりですか?

安田:10日、11日とも神輿は夜、姥神大神宮の社殿へもどってきます。これを「宿入れ(しゅくいれ)の儀」といいます。しかしこの「宿入れ」がなかなか大変なのです。
3基の神輿は簡単に「宿入れ」しません。鳥居から社殿の間を1基目が七回、2基目が五回、3基目が三回、行きつ戻りつしてようやく「宿入れ」するのです。
この回数は、一度では神意の嘉納するところとはならず、七・五・三という吉数を踏んでいます。御神輿は重いので、担ぎ手は本当に大変ですが、無事「宿入れ」を終えると、感激もひとしおのようです。
しかし、昨年は一層盛り上がりました。これまでは「宿入れ」を山車が見守るということはなかったんですが、昨年は10日の夜、繁華街での勢ぞろいが終わった山車13台が夜9時30頃、再び出発して神社前に集結、「宿入れ」を見守ったのです。神輿にお供するのが山車の役割ですから、とても感動的でした。

神輿をくぐると病気にならない
神輿をくぐると病気にならない 安田:神輿行列といえば、ちょっとしたご利益のある話があります。
神輿が止まっていて、担ぎ手が鈴を鳴らしている間に、
神輿の下をくぐって往復すると、神輿の担ぎ棒についている真綿がもらえるとか。それをお守りにすると、病気にならないとされているんですよ。

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