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「今年、山車(やま)2台出すので準備に忙しい」と言うのは大門区の村井邦夫さん(65才)。三国祭保存振興会のメンバーでもある村井さんに三国祭の見どころなどを聞きました。
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三国祭保存振興会のメンバーの
村井邦夫さん |
スタッフ:三国祭はどのようなお祭りですか?
村井:5月19日から3日間行われる三國神社のお祭りです。
三国祭の山車(やま)は全部で18台あるんですけど、そのうち毎年6台が奉納されます。20日の正午に三國神社前に6台の山車が集合して、神輿行列、武者行列に続いて、山車も町内を練ります。三国祭の一番の見どころは人形です。山車の屋台は二段になっていて、上の段には大きな人形が乗ります。武者や剣豪などを題材にした人形ですが、毎回作り替えているんです。三国祭は江戸時代の中ごろに始まり、人形を乗せるようになったのは250年前ぐらいのことです。だんだん人形も大きくなって、明治の中ごろには、10メートル以上の人形山車の頭が、隣の村からも見えたという話が伝わっています。今は電線にひっかからないように、人形山車全体の高さは6.5メートルまでに制限されてるんですけど、それでも作るのは骨が折れます。 |
スタッフ:村井さんの大門区が次ぎ人形山車を出すのはいつですか?
村井:今年出すんです。三国町の中では一の部、ニの部、三の部、四の部って分かれていて、その中に各区があるんです。毎年一の部と二の部から2台ずつ、三の部と四の部から一台ずつ出す決まりで、大門区は一の部なので、3年に1回出す計算になるんです。今年が3年に1度の年に当たってるんです。
スタッフ:人形はどのように作るんですか?
村井:昔は各町に人形を作る人がひとりくらいはいたんやけど、みんな辞めてしまって。
今は三国町でお一人しかいないんです。その人に頼って、作ってもらってたんやけど、30年くらい前に、「人形山車は次の世代に伝えていかんとあかんのやから、町内の若いもんで作ってみようや」というリーダーが大門区におりまして、私ら自分らで作り始めたんです。30年の間で10台作りました。
今も、20才代、30才代、40才代、50才代、そして60才代で最年長のわたしが、昼間の仕事が終わった夜に集まって、それぞれ手分けして今年の分を作りにかかってます。 |

スタッフ:人形を作るのに苦心するのはどのあたりですか?
村井:全体のバランスです。人形山車は6.5メートルの高さがあるんです。人が下から見上げたときにどう見えるか。顔の大きさ、そして手ですね、手の大きさと、手をどこに置くかが大事です。手の置き場所によっては顔が隠れてしまうんです。
あとは顔の表情。一番、目が行くのは顔の表情やから、気を使います。 |
スタッフ:三国祭のここを見て欲しいというのはどういったところですか?
村井:20日の(午前)11時頃から人形山車がぞくぞくと三國神社前に集まってくるんです。
やっぱり6台並んだ時っていうのは、勇壮な感じがするんです。
神社を出発して町を廻ったら、夕方、駅前で6台が再集結します。若い衆が提灯もって集ってるし、祭りのクライマックスですね。 |

村井:あと、三国の旧町内は道が狭いんです。そういう狭いところへ露店商が道の両サイドにずらりと400も500も並ぶんです。露天商はテント屋根を斜め前へ出すでしょ、そのままの状態では人形はひっかかって通れないんです。だからテント屋根を全部うえへ跳ね上げてもらうんです。でも次に下を見たら、露天商の台に車輪がすれてたりしてね。それから今度は上を見上げると、電線が垂れ下がってきてる。これにも人形が引っかかるので、専用の竹の棒で電線を上に持ち上げる。狭い道をどうのこうの言いながら、上やら下やら横やらを気にしながら進んでいくんです。そういうところも迫力があって面白いと思います。 |
スタッフ:今年はどんな題材で人形を作るんですか?
村井:今年、大門区は「丹下左膳(たんげさぜん)」でいきます。それと3月に三国町、丸岡町、春江町、坂井町の4町が合併して、坂井市になります。坂井市誕生を祭りでも盛り上げようということで、三国祭保存振興会から1つ人形山車を出します。新しい市の誕生、誕生というとことから桃から生まれた「桃太郎」でいきます。
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