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「3歳の時、曳山(ヤマ)の台に乗って以来、ずっと「唐津くんち」に関わってきた」と言うのは唐津曳山取締会広報委員長小宮弘資さん(67才)。小宮さんに「唐津くんち」の見どころを聞きました。
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唐津曳山取締会広報委員長
小宮弘資さん |
スタッフ:「唐津くんち」はどのようなお祭りですか?
小宮:「唐津くんち」は唐津神社の秋季例大祭で約400年前より行われております。現在の曳山は1819年に刀町の木彫師・石崎嘉兵衛という人が伊勢参りの帰り道、京都で見物した祇園山笠に感激して、仲間と「赤獅子」を作って唐津神社に奉納したのが始まりと伝わっています。
見どころは高さ5メートルにも達する大きなヤマ14台を各町が勇壮に曳(ひ)き回すところですね。ヤマは漆塗りの一閑張(いっかんば)りという工法で作られたもので、伝統を受継いできた古美術のような貫禄があるんです。
スタッフ:ヤマはどのように作るんですか?
小宮:粘土の原型や木型の上に数百枚の和紙を貼り重ねて、厚さが6、7センチに達したら、原型を外します。さらに麻布を張り、漆を十数回塗り重ねます。そして金箔や銀箔を張って仕上げます。完成するまでに2年から3年かかる、いわば漆の工芸品なんです。
しかし漆も年月が経つとヒビが入ったり、色あせたりするので、20年から30年に一度は漆の一番上を剥がして塗り替えています。 |
スタッフ:「唐津くんち」を見るお勧めの場所はどこですか?
小宮:1つは、三日の西の浜です。この日は「御旅所神幸(おたびしょしんこう)」が行われます。朝、唐津神社を出発したお神輿(みこし)の前後に14台のヤマが従い、市内をまわって西の浜のお旅所へ向かいます。お旅所は元小学校のグランドに作られますが、昔はこのあたりは浜で、唐津神社のご神体が現れたと伝えられています。しかし普段はグランドなので堅い地面なんですが、おくんちの時だけ掘って昔の浜のような深い砂地にするんです。お神輿が先に到着すると一番ヤマの「赤獅子」から順にお旅所へ入っていきます。これを曳(ひ)き込(こ)みといいます。しかし深い砂地なので、台車の車輪が砂地にめり込むんです。動きにくい。砂地に負けないよう数百人の曳子(ひきこ)が力を込めますし、太鼓もせり囃子といって一番力が入るよなリズムで叩きます。みんなで「エンヤ!エンヤ!」と大きな掛け声をだしながら、力を合わせて豪快に曳き込んでいきます。おくんちでは一番元気がいい場所なんです。
そして14台のヤマと曳子たちがお神輿の前に整列する様子は、豪華で勇壮ですから、そういうのも見ていただきたいです。 |
小宮:もう1つお勧めは、4日の「町廻り」です。
観光客の方は2日の宵ヤマを見て一泊して、3日の「御旅所神幸(おたびしょしんこう)」を見て帰られるというのが多いんです。4日は観光客が少ないのでゆっくり見ていただけると。3日の「御旅所神幸」も迫力があっていいんですが、狭い道で軒先などをよけながらヤマが進むのもまた一味違う見どころです。唐津は戦災にあっていないので、昔ながらの狭い道や家が残っているんです。広い道路でヤマを見ると小さく見えて迫力に欠けますが、ヤマは昔の家や道幅にあう大きさに作られているので、昔ながらの古い町並みを進むヤマには迫ってくるような迫力があるんです。
観光客が少なくなった4日、古い柳があるような昔ながらの町並みを進むヤマを見たら、昔の「唐津くんち」の雰囲気を感じていただけると思います。
※11月2日「宵ヤマ」・・唐津くんちの前夜祭。14台の各ヤマに提灯を飾り夜の市内を回る。 |
スタッフ:小宮さんが取締役をつとめる大石町は「鳳凰丸」ですね。どういうヤマか教えていただけますか?
小宮:鳳凰丸は1846年に製作されたヤマです。14台のヤマのうち、鳳凰丸だけが、ヤマの前と後ろにそれぞれ2本ずつ、計4本のかじ棒があるんです。かじ棒は向きをかえるモノですが、なぜ鳳凰丸だけが4本あるかというと、すごく重いヤマというのが理由の一つです。3トンくらいあるので、14台の中では最重量級です。しかも船型で、頭の方が台車から1メートル半くらい前へ出ています。重心が前になりやすいんので、曲がり角を曲がる時には、前へ突っ込んで行きかねないんです。だから方向転換をすばやくするということと、ヤマの前に障害物があたるの防ぐという目的で前にかじ棒があるんです。
鳳凰丸の重量感と細かなところにまで施された繊細な細工、そういったところに注目していただけたらと思います。 |

スタッフ:何歳くらいからヤマを曳くようになるんですか?
小宮:ヤマは台車の前方についている2本の60~80メートルくらい長さの綱を曳子たちが前へ曳きます。3歳くらいから小学校に上がる前後ぐらいの子は曳きませんが、ヤマの台車に乗ります。各町によって違いますが、30人くらいは乗りますね。もう少し大きくなると綱の先端で曳きます。さらに学年が上がると、ヤマの中心につくようになります。40才までは一番組といってヤマの近いところで曳きますが、40才を超えると二番組になります。
二番組は若者のOBのような存在で、ヤマの後ろでかじ棒をきる役目をするようになります。
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スタッフ:各町、みなさん揃いの衣装を着ていますが、決まりごとですか?
小宮:そうです。町内は統一して同じものを着ます。それを着ていないとヤマを曳くことはできないんです。他のお祭では一般的に法被(はっぴ)と呼ばれているものを唐津くんちでは肉襦袢(にくじゅばん)といいます。その上にもう一つ長いものを着ます。背広に該当するようなものでこれを法被といいます。どれも羽二重(はぶたえ)、絹織物なんです。各町それぞれ、知恵を出し合って図柄を考えていますし、染めるのも京都の染屋さんでやってもらっているんです。各町の趣向をこらした衣装も見ていただけたらと思います。 |
スタッフ:唐津くんちの時には豪華な「くんち料理」が振舞われるんですよね。
小宮:嫁さんたちは一ヶ月前くらいから献立を考えて、前日は夜遅くまで作ってますね。唐津には「三月倒れ(みつきだおれ)」って言葉があるんです。
その家の稼ぎの三ヶ月分をくんち料理に使うという意味で、それだけ豪華な料理がふるまわれるということなんです。
ヤマの列は時々止まって休憩するんです。そうしたら曳子たちは近くの家に入っていって料理をごちそうになります。しばらく休憩したらたヤマへ戻って曳いてと、それを繰り返すんです。料理を100人、200人分と用意する嫁さんたちは大変ですが「おいしかね」と言ってもらえるのが楽しみと言ってますね。 |
スタッフ:サイトの読者に「唐津くんち」をアピールしてください!
小宮:おくんちは参加しているものはもちろん楽しくて元気が出る祭ですが、観光客の方も見てもらえれば元気がでるんじゃないかと思うんです。
ぜひ、見に来て欲しいですね!
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